スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) | トラックバック(-) | コメント(-) | page top↑
記録に残してくれた人たちに感謝

私はこれまで、震災について多くを語ってきませんでした。

鬱病との闘いがあまりにもツラかったので、震災経験がそれを思い出させるような気がして、話題にすることを避けてきたのです。

このブログも最初の頃は比較的客観的に執筆できましたが、愛犬の話以降は、なんとなく

「こんなことブログに書いて何になる?」

と自問自答しました。

更新の頻度が落ちたのはそのためです。

ブログは私の中では”楽しむもの”。

「こんな過ぎ去った過去の、ツラかったことばかり書いてどうするんだ・・・」

そんな葛藤があり、もうこのブログは閉じようと思ったのですが、応援してくれる方がいてくれることや、見られてるという責任も感じ、何とかここまで来ました。


しかしここ数日は、ここまで震災手記を綴ってきて、改めて当時を振り返ることができ、本当に良かったと思えてきました。

特にこのブログは、他の誰かに見てもらうのは本来の趣旨ではなくて、自分自身の記憶を「記録」に残すことが目的でしたから、最後まで書ききったことは自分自身の心の成長を実感します。

また、震災の画像を集めるのに、多くの震災関連のサイトを見てきました。

これまで、自ら地震の映像を見ることなど、ほとんど無かったのですが、このブログを機に多くの映像が残っていることを知り、記憶の掘り起こしの一助になりました。

さらに自分の知らない地震の一面も知るキッカケになりました。

震災後しばらくは自分のことで精一杯でしたし、直後は新聞もニュースも見れませんでしたから、ネットでそれらの映像を観て、もう少し広い視野で震災を振り返ることができました。

記憶の残った写真をお借りします。




(いろいろネット上を検索しましたが、この2枚の写真が、私の実家に最も近い場所の写真でした。実家から徒歩20秒のところです。)


こっちはもっと近い、徒歩10秒くらいの場所です。ただし、震災から7ケ月が経った後の写真です。



商店街はアケードだけが残り、店は全滅です。

「八幡市場」の看板が残っています。

すでに柵で囲われてしまっていますが、ここで私の両親は商売をしていました。

とても懐かしい写真です。


また、こんな映像を見つけました。

震災当日、こうして未曾有の大災害の第一報は伝えられていたんですね。



もうひとつは夜7時のニュース。



あるアナウンサーのとても印象的なリポートが心に沁みました。

「100万ドルの夜景と言われた神戸の夜景が、悲しい夜景になっています・・・」



今思うと、この震災を写真や映像など「記録」に残してくれている人が居たことを、本当に感謝しています。

私の人生の中で、間違いなく、大きな大きな1ページであった阪神淡路大震災。

この経験を、こうして自分で記録に残せたことに非常に満足しています。
2008/02/21(Thu) | トラックバック(0) | コメント(10) | page top↑
コメント
--今まで--

ずっと足跡を残さずに読ませていただいてました。

ただただ圧倒されるばかりで、何をどのように書き込んでいいのか躊躇してました。

まだ、感想など表現できませんが、苦しい出来事をひとつひとつ思い出しながら記録されたリックルさんに敬意を表します。

なんか堅い表現ですが、適当な言葉がみつかりません。

また来ますね。
by: せいどん * 2008/02/21 06:25 * URL [ 編集] | page top↑
--せいどんさん、ありがとうございます^^--

いつも見にきてくれて、ありがとうございます。
このブログは重たい記事ばかりなんで、ほんとコメントしづらいと思います。
でも、せいどんさんのように一言だけでも残して下されば、ホント嬉しいです^^

また、せいどんさんのブログにもお邪魔させて頂きますね^^;
by: リックルハング * 2008/02/22 06:31 * URL [ 編集] | page top↑
----

リックルさんが、震災の記録を残してくれた方々に感謝しているように、あたしたちこちらのブログを訪れた人はみんな、生の声を届けてくれたリックルさんに感謝しています。心からの言葉だから、人の心に届くんですね。当事者ではなくて、当時ニュースも普通に見られた人達も、(自分もそうですが)、リックルさんのブログを見る事によって、新しく感じることや、考えたことがたくさんあったはずです。
しかし、当のリックルさんは、辛いことや、苦しいことをたくさん思い出されて、執筆もお辛かったのではないかと心配していました。

あなたのしてくれた事は、アンパンマンのようだとあたしは思っています。
アンパンマンは、お腹が減って元気のない人に、自分のほっぺたをちぎって、お腹を満たさせてくれますよね?ほっぺをちぎったアンパンマンは、自分もちょっと元気がなくなるけど、後からまたほっぺを丸く戻して、復活します!震災を知ってはいたけどあまり深く考えていなかった人に、自分のほっぺを削って、教えてくれたリックルさん。もし、ちょっと元気がなくなっちゃっても、きっと大丈夫です。だって、リックルさんは、アンパンマンみたいだから(*´∀`*)
by: ひまわりさん * 2008/02/22 14:57 * URL [ 編集] | page top↑
--ひまわりさん、力が湧きますよ^^--

下の子がアンパンマンにハマってます。
子供たちのヒーロにたとえてくれて、なんだか普通の言葉で褒められるより、感激です^^;

最初はね、僕より悲惨な目に会っている人に失礼なブログじゃないかな?って思ってたんですけど、僕の文章で、何か人に伝えられるものがあれば、意味がのあるんじゃないかなって思えてきたんです。
ひまわりさんには、いつもホントに感謝しています。
by: リックルハング * 2008/02/24 13:15 * URL [ 編集] | page top↑
--ありがとうございます--

はじめまして。
一気に全部読ませて頂きました。
ぐんぐん引き込まれて、泣きながら読みました。

そして、子供を守るために自分が今出来ることを考えました。
このようなきっかけを下さったことに心から感謝します。

ありがとうございました。
by: sobee * 2008/11/27 15:21 * URL [ 編集] | page top↑
--sobeeさんへ--

このブログが、災害から子どもや自分を守ることを考えるキッカケになる・・・
ボクが一番望むことです。
うれしいコメントありがとうございます。

こうしてブログを書き終えてから、時間が経っていますが、コメントを下さる方のおかげで、ボク自身もまた再認識できます。
今できること・・・また考えてみます。
by: リックルハング * 2008/11/28 00:55 * URL [ 編集] | page top↑
--管理人のみ閲覧できます--

このコメントは管理人のみ閲覧できます
by: * 2008/12/02 19:34 * [ 編集] | page top↑
--秘密コメントさんへ--

うれしいお言葉ありがとうございました。
ぜひ離れて暮らす実家のご家族とも、一度お話されてみてはいかがでしょうか?
日本はいつどこで地震が起きるか分からない国です。
神戸で学ばれたことを、多くの地域へ広げてくださることを願います。
立派な建築家になってくださいね!
by: リックルハング * 2008/12/03 23:18 * URL [ 編集] | page top↑
----

ブログ読ませて頂きました。私は今、会社の休憩所で夜を過ごしています。今私のアパートには、東日本大震災の津波で家を無くし、私の地区に一時的に来ている家族がいます。

私の家族は私を含め5人です。あの日なんとか津波から逃れ、みな助かったのです。ありがたいことです。

私のアパートは実家から200キロほど離れた都市にありましたので5人を受け入れることができました。

しかし私今、孤独を感じています。だれにも弱音を吐くことができないのです。
震災から逃れた家族が、6畳ひとまで繰り返しテレビの津波映像を見続ける現実、介護するほどではないけれど、クセのある性格の祖母がいて、母も私も和を気にして気の休まらない現実、今後の生活とお金、私だけが職を持っているけれどパート勤務の保証のない現実… 挙げられません。とりわけ今私をおかしくしている現実は、「一人になれない環境」です。

仕事がメディア関係のため、今の震災情報がだれよりもわかってしまう。家に帰ればテレビから出てきたような重い現実がある。同僚にも家族にも誰にもかかわらず気を遣いたくない、一人になりたくて堪らないのです。 家族いわく、祖母に気を遣えてない、口数が多い、しゃべるなといわれました。自分でも気づかなかったのですが、どうやら言い方がきつくなっているようで、毒もはいてるようです。昨日それで祖母は泣いていました。そして父親には、この震災でいずれこのアパートを出たときは、親子の縁を切るといわれました。

もう何がなんだかわかりません。私だって二次的な被災者です。私は家族を守ることより、今の生活を守ることのほうが大事なのだと、自分の冷淡さ非情さを自覚つつあります。正直父親の言葉には傷つきました。私も人間です。早く出ていけばいいのにと思う気持ちと、家族を大事にしたいと思う気持ちが交錯します。


我が家にはあと一つ大きな試練があります。祖母の娘でわたしの叔母が行方不明です。覚悟しています。叔母と叔母の姑、女のいとこが2人、上のいとこはこの間子供を産んだばかりでした。


生き残れたことに感謝しながら、一方で絶望も感じながらの毎日です。頑張りたくないです、今は何もかも忘れて眠りたいです。
by: やんま * 2011/03/21 22:21 * URL [ 編集] | page top↑
--やんまさんへ--

東北関東大震災の発生以降、このブログに多くの人が訪れています。
まさか被災地からコメントがあるとは思ってもいませんでした。

私は震災のことを振り返るのに10年以上の時間を要しました。ブログにも書きましたが、あの震災が私にとってどんな意味があったかなんてどうでもいい話で、ただ辛かった、その一言に尽きる出来事でした。
(実際に避難生活真っ最中の方に対して、過去形の表現ですみません)

私は今、メディアを通じて知らされる被災者の様子を目にしながら、被災から何日目、自分のときは何をしていたかなとか、何が必要だったかなと、自分の時の避難生活と記憶をかぶせております。

幸いにも家族無事で、自宅が残ったやんまさん。
もっと悲惨な方々が多い中で弱音を吐けないストレス。軽々しく言えることではありませんが、さぞ辛いことだろうと察します。

「被災者の方、頑張ってください」そういう人がたくさんいますが、頑張らなくてもいいです。
ありとあらゆる人に甘えて、また少し元気になったら誰かの甘えを聞いてあげるくらいの気持ちでいいと思います。
今回の被害から考えますと、長期戦になると思います。決して自分を責めないでください。
弱音を吐く相手がいないなら私が聞きます。
少しでもそうしたお役に立てるなら、秘密コメントでアドレスください。
by: リックルハング * 2011/03/22 20:29 * URL [ 編集] | page top↑
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
→http://phenixashiya.blog98.fc2.com/tb.php/31-c82ceee1
前のページ ホームに戻る  次のページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。