被災5日目。
たしかこの日くらいから、公衆電話の行列が比較的少なくなってきました。
私はこれまで、多くの心配をかけているであろう方々に、少しづつ電話をして、「家族全員無事」を伝えてきましたが、まだ連絡できていないところがありました。
今思えば社会人失格かも知れません。
そうです。
私の勤め先、会社に連絡できておりませんでした。
私の勤め先は大阪(梅田)なのですが、地震被害の規模を知らない私は、神戸がこんなことになっているのだから、もちろん大阪も都市が破壊されていると思っていたのです。
ですから、会社もこんな状態で業務などしてるはずがない、真剣にそう思っていました。
これまで何度か電話してきましたが、いずれも繋がらず、
大阪もひどいんだろうな・・・だから電話も繋がらなくて当たり前。。。
この日、公衆電話が空いてきたこともあり、友人や比較的浅い親戚など、心配される度合いの低い方への電話と合わせ、会社にダメ元で連絡しました。
繋がりました。
当時まだ入社2年目のペーペーです。
「あのぉ、○○係の立来です。△△さん居ますでしょうか?」
と、上司につないでもらおうと思ったら、電話をとった人は私の名前を聞くなり、
「おおぉぉー、立来か!お前どこにおる?所長おぉー、立来から電話ですー!!」
当時の営業所のトップ、所長に電話を繋がれました。
普段だと、ペーペーの私はまず、話す機会のない方です。
「おおおぉ、生きとったか!どこにおるんや?怪我は?家は?家族はどうなんや???」
怒涛のように話しかけられ、いささか戸惑いました。
「連絡遅くなりまして、すみませんでした。」
「おぉー、心配したでぇ。しゃーない、連絡できんかったんやろ。」
受話器後ろで、ザワザワと声が聞こえてきます。
「おー、立来からの電話やって、生きとるみたいや!」
なんだか電話の反応から、会社の方に、とんでもなく心配と迷惑をかけているような気がして(実際にそうなのですが)、少しうろたえました。
あとになって知ったのですが、私の会社は全国で7000人超の社員が居ますが、一番最後まで連絡が取れなかった社員は私だったようです。(ブラックリスト入りかも・・・)
その関係で私の上司は震災直後から、私の安否を確認することが最重要ミッションになっていたようです。
怒涛のように現況を知りたがるのは無理もありませんでした。
とりあえず、これまでの経緯と現状を説明しました。
冷静になった所長はこんなことを言ってくれました。
今でもはっきり覚えています。
「分かった。とにかくご家族全員無事でよかった。会社のことは心配しなくていい。お前がいいと思うまで会社には出てこなくていいからな。大変と思うけど、そっち(自分の家族)のことをしっかりやれ。」
”お前がいいと思うまで、会社は休め”
この言葉には本当に救われました。
親父は相当疲れているし、あとは母と妹、女手しかいない。
私がこのテントでの避難生活から抜け出したら、かなり心配。やることは山ほどあるし、まだまだ先が見えない。
だいたい、電車は止まってるし、どうやって通勤するかも分からない。スーツもなければ、下着や靴下の洗濯もできない。Yシャツのアイロンなどももちろん。。。
出て来いと言われても無理な状況でしたが、テントを離れるわけにはいかない時期に、所長の言ってくれた言葉は、ジーンと来ました。
これも後から知るのですが、私の会社は、震災の時、ヒマだった会社ではありません。
ある公共性の高い乗り物をメンテナンスする会社ですので、地震で被害のあったその乗り物の復旧に、社員ほとんどが奔走し、ネコの手も借りたい忙しさ。
多くの社員が会社に寝泊りして、対応にあけくれたそうです。
続けて、所長は私にこう言いました。
「これからどうするんだ?」
「決まっていません。家族で相談中です。」
「あてはあるのか?」
「今のところありません。」
「30分後にまた電話かけて来れるか?」
「ハ、ハイ・・」
「総務と話して、住居を確保できないか聞いてやるから、30分後にまたかけてこい!」
「ハイ、分かりました。」
30分後、また公衆電話に並んで会社にかけました。
「大阪・神戸付近では社宅はどこも空いてないんやけど、独身寮に空きがある。家族全員で入れるようにしといたるから、一回考えてみろ。」
「ありがとうございます。親と相談して、また、ご連絡させて頂きます。」
「今、直近で必要なものはないんか?神戸支店からお前の避難場所まで走らせることできるぞ。」
「ありがとうございます。おかげさまで救援物資は多く届いておりますので、今のところ物資で必要なものはありません。」
「そうか、わかった。じゃ、気をつけてな。」
「はい、ありがとうございます。」
支援してくれる人はここにも居る・・・
当時、会社に入ってまだ2年目で、会社という組織がどういうものなのか、こんなときどんな力になってくれるのか全く分かってませんでした。
「俺の入った会社は、強い会社なんだな・・・」
何だか心強くなり、テントに戻りました。
その日の夜、テントの中で、”増えた選択肢”について、家族会議を開きました。
決断の時は迫っていました。
リックルハングさん、素晴らしい会社に勤めていらっしゃいますね!
社員とその家族を大切にする会社。
そんな会社は、きっとお客様もそれ以上に大切にされてるはず。
なんだか、ずっと辛い内容が続いていましたが、とてもあたたかな気持ちになれました。^^
そうですね、特に人間的に恵まれました。
あと比較的大きな会社でして、体力がありますから、そういう意味ではこうした災害の時は、いい会社です^^
多くの人に助けて頂き、僕もどこかでその恩返しを少しづつでもしていきたいです。
いつもありがとうございます!
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