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あたたかい布団で・・・被災7日目
寮でのいたれり尽くせりのもてなしに、何だか恐縮気味の我が家。

トラックの中の荷物を降ろし終えると、家族4人で寮の近所にある中華料理屋さんに、遅い夕食を食べに行きました。


店に入ると、店員が暇そうにテレビを観ていました。

他のお客さんは誰もおらず、近所の友達と思わしきオバサンが遊びに来て、店の人とテレビを観ながらしゃべっています。

テレビには神戸の地震の被害の様子が流れていました。

震災後、テレビを観たのは初めてです。

家族全員、テレビに釘付けです。

神戸市長田区の火災で焼け野原になっている様子や、死者が現在何千人とか言う情報を始めて知り、まさに言葉が出ないといった感じでした。

料理を注文してからも、私たち4人はテレビに夢中になっていました。

店に遊びにきているオバサンと店の人が、私たちの方を見て、何やらコソコソ言ってるのは何となく分かっていました。

そして、料理が運ばれてきたとき、お店の人が私の母に聞きました。

「もしかして、地震の被害に会われた方ですか?」

「は、はぃ、そうなんです。今日、神戸から来ました。そこの○○㈱の寮にちょっと身を寄せてもらうんです。」

「やっぱりそうですか?それは大変でしたね。何かそうじゃないかなって思ってたんです。ゆっくりして行って下さい。」

そう言って、おいしい料理を出してくれました。


どう見ても、震災ルックの私たち家族。

親父も私も髭は伸びてるし、家族みんな1週間、風呂も入っていない。

はた目に見れば、普通の家族じゃないことはすぐ分かってしまったのでしょう。

まして震災のニュースに釘付けになっていましたから。

神戸では当たり前のこの震災ルックも、大阪にくれば被害らしき被害もなく、普通の日常です。

私たちはもしかすると、あまりにも目立っていたのかも知れません。


久しぶりにあたたかい手作りの料理をいただきました。

とてもおいしく感じました。


食べ終わって、お勘定をお願いしたとき、店のおばさんがこう言いました。

「お勘定は結構です。ボランティアとかできませんし、こんなことでしか神戸の人の支援できませんので。○○㈱の方は、いつもよく食べにきてくれるんですよ。大変だと思いますが、がんばってください。」

そう言って、一切のお金を受け取ろうとしませんでした。

お言葉に甘え、店を後にしました。

「ここにも助けてくれる人がいる・・・」

またも助け合いを再認識することになりました。


寮の部屋に戻り、今日は家族全員の疲労がピークに達していましたから、そのまま落ちるように寝てしまいました。


安心した建物の中に居られる幸せ。

確保されたプライベート空間があることの幸せ。

電気・水道が自由に使える幸せ。

行きたいときに自由に使えるトイレがある幸せ。

そして何より、凍えを気にせず、暖かい柔らかな布団に包まれて、寝られる幸せ。

震災前まで当たり前だった、これらの幸せを今まさに噛み締めながら、家族4人とも久しぶりに安堵の眠りにつくことができたのでした。
2008/02/08(Fri) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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