寮で始めての朝を迎えました。
家族の誰もがよく眠れました。
二人部屋なので、ベッドは二つしかありませんでしたので、母と妹がベッドを使い、私と親父は床に布団をひいて寝たのですが、それでもテントとは全く違う、快眠を得ることができました。
朝の身支度をしていると、内線電話が鳴りました。
寮のおばさんからです。
「おはようございます。よく寝られましたか?もう皆さん起きられてたら、朝食を部屋に持っていきますけど、よろしいですか?」
「あっ、ハイ。ありがとうございます。。。」
そしてしばらくして、寮のおばさんが4人分の朝食を持って部屋に来てくれました。
ここはホテルか・・・、まるでルームサービス状態でした。
親切な寮の方々に感謝し、会社に感謝し、あたたかい朝食と、あたたかい部屋でゆっくりと食事を取れることにただひたすら感謝ばかりの朝でした。
朝食を食べると、洗面所で顔を洗える。
髭が剃れる。
女性ならメイクができる。
ハミガキができる。
トイレができる。
ひとつひとつの何気ない動作に、感謝と感動を覚えました。
今日はやることがあります。
私は震災後はじめて会社に向かいます。
今回、寮を手配して、段取りしてくれた営業所の所長をはじめとした、心配してくれた同僚に挨拶に行かなければなりません。
親父が一緒にお礼に行きたいと言っており、二人で会社に向かいました。
そして、会社に着くと、所長や直属の上司に挨拶しました。
昨日の夜、無事に寮についたこと、寮では手厚いもてなしを受けていることを報告し、心から感謝していますと、お礼を述べました。
「それはよかったです。しかし、まだこの先の見通しが立ちませんね。寮にはいつまで居てもらっても構いませんが、ご不便でしょう。社宅が空いていれば良かったのですが・・・震災の応援の関係で一気に埋まってしまったんです。」
「ありがとうございます。今日これから神戸に戻りまして、区役所の相談窓口に行く予定です。家の修復についても、工務店と打ち合わせしたいと思っています。それからある程度の見通しは立てられると思います。」
親父が所長に言いました。
「立来は、まだしばらく仕事に戻れる状況じゃないと思うので、仕事のことは気にしなくてもいい。自分で判断して出てこれると思ったら、出てくればいいから。」
と、前にも言ってくれたことを再度言って下さいました。
「現金は必要ですか?」
所長が親父に言います。
「会社から一時的に無利子で用立ては可能です。必要でしたら言って下さい。できる限りのことはします。」
「ありがとうございます。お金はまだ何とも言えませんが、今はとりたてて必要ではありません。」
ただひたすらお礼を述べて、今日は一旦会社を引き上げました。
帰り間際に上司から、
「お前、1月30日に保養所の申し込みしてるらしいけど、どうする?総務から確認がきとんや。キャンセルやな?」
そういえば、震災の前のこと、ほとんど覚えてませんでしたが、彼女と旅行に行く計画をしてて、岡山県の保養所を申し込んでいたことを思い出しました。
「すみません、キャンセルお願いします。」
「了解。ほんじゃ気ぃつけてな!」
会社を出て、また二人で神戸に向かいました。
親父は、自分の会社に借りていたトラックを返します。
移動に大きな時間を要するため、今日は会社に泊まると言いました。
私はよくトイレを借りていた親友の家に泊めてもらうことにしました。
寮には妹と母と犬2匹が残ります。
母と妹は寮に居てもやることがないので、近所を散歩したり、銭湯に行って久しぶりのお風呂を楽しんでいたようです。(やはり時間制にしてくれているとはいえ、寮の風呂に入るのは抵抗があったようです。)
その日の夕方、親父と二人で再び神戸の家に帰って来ました。
そこで、親父の、いや我が家の期待を大きく裏切るショッキングなものを目にすることになりました。
家の玄関にいわゆる「赤札」が貼られていたのです。
赤札・・・全壊判定の証です。
「倒壊の危険があるため立ち入り禁止」と書かれています。
前にも書きましたが、私の実家は完全には潰れておらず、カタチは残っているのです。
ですから、修復で直る、また住める、家族の誰もがそう思っていたのです。
ただ、前後、両隣が完全に倒壊しているので、我が家の周囲を撤去し終わらないと、修復ができないなと思っていたんです。
つまり、判定は黄札(半壊判定)だと信じていたのです。
全壊、、、もうこの家には住めない、帰ってこれないのか・・・
家族の誰もがよく眠れました。
二人部屋なので、ベッドは二つしかありませんでしたので、母と妹がベッドを使い、私と親父は床に布団をひいて寝たのですが、それでもテントとは全く違う、快眠を得ることができました。
朝の身支度をしていると、内線電話が鳴りました。
寮のおばさんからです。
「おはようございます。よく寝られましたか?もう皆さん起きられてたら、朝食を部屋に持っていきますけど、よろしいですか?」
「あっ、ハイ。ありがとうございます。。。」
そしてしばらくして、寮のおばさんが4人分の朝食を持って部屋に来てくれました。
ここはホテルか・・・、まるでルームサービス状態でした。
親切な寮の方々に感謝し、会社に感謝し、あたたかい朝食と、あたたかい部屋でゆっくりと食事を取れることにただひたすら感謝ばかりの朝でした。
朝食を食べると、洗面所で顔を洗える。
髭が剃れる。
女性ならメイクができる。
ハミガキができる。
トイレができる。
ひとつひとつの何気ない動作に、感謝と感動を覚えました。
今日はやることがあります。
私は震災後はじめて会社に向かいます。
今回、寮を手配して、段取りしてくれた営業所の所長をはじめとした、心配してくれた同僚に挨拶に行かなければなりません。
親父が一緒にお礼に行きたいと言っており、二人で会社に向かいました。
そして、会社に着くと、所長や直属の上司に挨拶しました。
昨日の夜、無事に寮についたこと、寮では手厚いもてなしを受けていることを報告し、心から感謝していますと、お礼を述べました。
「それはよかったです。しかし、まだこの先の見通しが立ちませんね。寮にはいつまで居てもらっても構いませんが、ご不便でしょう。社宅が空いていれば良かったのですが・・・震災の応援の関係で一気に埋まってしまったんです。」
「ありがとうございます。今日これから神戸に戻りまして、区役所の相談窓口に行く予定です。家の修復についても、工務店と打ち合わせしたいと思っています。それからある程度の見通しは立てられると思います。」
親父が所長に言いました。
「立来は、まだしばらく仕事に戻れる状況じゃないと思うので、仕事のことは気にしなくてもいい。自分で判断して出てこれると思ったら、出てくればいいから。」
と、前にも言ってくれたことを再度言って下さいました。
「現金は必要ですか?」
所長が親父に言います。
「会社から一時的に無利子で用立ては可能です。必要でしたら言って下さい。できる限りのことはします。」
「ありがとうございます。お金はまだ何とも言えませんが、今はとりたてて必要ではありません。」
ただひたすらお礼を述べて、今日は一旦会社を引き上げました。
帰り間際に上司から、
「お前、1月30日に保養所の申し込みしてるらしいけど、どうする?総務から確認がきとんや。キャンセルやな?」
そういえば、震災の前のこと、ほとんど覚えてませんでしたが、彼女と旅行に行く計画をしてて、岡山県の保養所を申し込んでいたことを思い出しました。
「すみません、キャンセルお願いします。」
「了解。ほんじゃ気ぃつけてな!」
会社を出て、また二人で神戸に向かいました。
親父は、自分の会社に借りていたトラックを返します。
移動に大きな時間を要するため、今日は会社に泊まると言いました。
私はよくトイレを借りていた親友の家に泊めてもらうことにしました。
寮には妹と母と犬2匹が残ります。
母と妹は寮に居てもやることがないので、近所を散歩したり、銭湯に行って久しぶりのお風呂を楽しんでいたようです。(やはり時間制にしてくれているとはいえ、寮の風呂に入るのは抵抗があったようです。)
その日の夕方、親父と二人で再び神戸の家に帰って来ました。
そこで、親父の、いや我が家の期待を大きく裏切るショッキングなものを目にすることになりました。
家の玄関にいわゆる「赤札」が貼られていたのです。
赤札・・・全壊判定の証です。
「倒壊の危険があるため立ち入り禁止」と書かれています。
前にも書きましたが、私の実家は完全には潰れておらず、カタチは残っているのです。
ですから、修復で直る、また住める、家族の誰もがそう思っていたのです。
ただ、前後、両隣が完全に倒壊しているので、我が家の周囲を撤去し終わらないと、修復ができないなと思っていたんです。
つまり、判定は黄札(半壊判定)だと信じていたのです。
全壊、、、もうこの家には住めない、帰ってこれないのか・・・
----
全壊の赤札を見たときのショックは相当なものだったでしょうね。マイホームを持ったことないapakoですが、マイホームを持つ事の大変さは想像できます。
人生をかけて建てた家ですものね。
リックルさんが、地震に強い家に一番拘ったのも分かりました。
全壊の赤札を見たときのショックは相当なものだったでしょうね。マイホームを持ったことないapakoですが、マイホームを持つ事の大変さは想像できます。
人生をかけて建てた家ですものね。
リックルさんが、地震に強い家に一番拘ったのも分かりました。
by: あぱこ * 2008/02/09 19:44 * URL [ 編集] | page top↑
--あぱさん、こんばんは^^--
当時僕も自分の建てた家じゃなかったので、そのショックはあまり深く理解してませんでしたが、今となってはとても理解できます。
自分の建てた家が壊れるなんて、考えただけでノイローゼになりそう・・・です。
でも、今の家も地震に強い家を目指して建ててもらいましたが、どんなに強くつくっても、自然の力の前では積み木の家と同じなんだと、思っています。
当時僕も自分の建てた家じゃなかったので、そのショックはあまり深く理解してませんでしたが、今となってはとても理解できます。
自分の建てた家が壊れるなんて、考えただけでノイローゼになりそう・・・です。
でも、今の家も地震に強い家を目指して建ててもらいましたが、どんなに強くつくっても、自然の力の前では積み木の家と同じなんだと、思っています。
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そんな・・・、愕然となさったでしょうね。お察しします。立来さんの周囲の方々が、みなさん本当にやさしくて、それが本当によかったなぁ・・・といつも思います。これからどうなるのかなぁ?応援しています!
そんな・・・、愕然となさったでしょうね。お察しします。立来さんの周囲の方々が、みなさん本当にやさしくて、それが本当によかったなぁ・・・といつも思います。これからどうなるのかなぁ?応援しています!
--ひまわりさん、いつもありがとう!!--
そうですね。
僕はいつも人間関係に恵まれています。
ホント感謝しています。
ブログでもそう。
このあとくらいから、メンタル的にツラくなってくるので・・・応援して頂いて、ホント嬉しいです。
そうですね。
僕はいつも人間関係に恵まれています。
ホント感謝しています。
ブログでもそう。
このあとくらいから、メンタル的にツラくなってくるので・・・応援して頂いて、ホント嬉しいです。
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