いつまでこんな生活を・・・被災10日目

中学の頃からの親友の家に、2連泊しました。

家族の拠点は大阪の茨木市にある私の会社の寮でしたが、やはり神戸から離れられません。

彼の家を拠点にして、いろんな情報収集に努めていました。


震災から10日目の今日、私は被災後はじめてお風呂に入ることができました。

初日以外は、会社の寮で、まだまともに生活していません。

そのため、風呂はまだ入ったことがなかったのです。

この日、親友の彼が、

「大阪は普通に生活してるらしいな。サウナ行ってみようか?」

と言い出したのです。

「ええけど、どうやって?」

電車は走ってないし、家の車は親父が茨木に乗って帰ったので、彼も私も車は持ってません。

「阪急が、西宮北口までは走ってるらしい。そこまで歩いて、そっから電車で梅田はどうや?」

「おおぉー、やってみようか。」

なんだか、少し冒険にも似た楽しみを持って、大阪へサウナを目指すことになりました。

震災以降、楽しみらしい楽しみはなく、暗いことばかり。

22歳の若かりし私は、楽しいことや、娯楽に飢えていました。


阪急電鉄 西宮北口駅までは、阪急神戸線の電車の線路を歩いていくことにしました。

線路はぐにゃぐにゃに曲がっていますが、家の倒壊や、道路陥没などで道が塞がれているという心配はありません。

多くの人が西宮北口を目指して、線路を歩いています。

日常生活の中で、堂々と線路の上を歩けることなんて、まずありません。

何だかスタンドバイミーのような気分で、半分楽しみながら歩いていました。


(写真はイメージです。神戸市のHPからお借りしました。)


思ったより遠く感じず、街の被害の様子を眺めながら、2時間ほどかけて西宮北口の駅に着きました。

ここから電車に乗って、阪急梅田駅を目指しました。

車窓からは、だんだんと震災の街から、普通の街へと変化していく様子がよく分かりました。


そして、梅田に着きました。

そこにはありふれた日常がありました。

大きな紙袋を持って、ショッピングを楽しむ人がいます。

映画館も開いていて、チケット売り場に人が並んでいます。

紀伊国屋前には相変わらず、待ち合わせをする人であふれています。

ゲームセンターでは昼間からUFOキャッチャーをする若者がいます。

パチンコ屋さんにも多く人があふれています。


彼と私は正直、言葉を失いました。

すぐ隣の街、大阪では、あまりにも普通の生活が営まれている。。。

ボロボロになった神戸との、あまりにも大きなこのギャップに、ショックを隠せませんでした。

ゲーセンで楽しんでいるこの若者たちは、恐らくテレビでしか神戸を知らない・・・

何も彼らは悪いことをしてるわけでもない、普通の生活をしてるだけなのに、この時の私の感情は正直イラ立っていました。

「神戸の人はみんな生きるか死ぬかの中で、必死で生活しているのに、お前らゲーセンかよ??」


今思うと人間って、勝手なものです。

これまで日本のあちこちで地震や、大きな災害、事故、事件があったとき、私はテレビを見て「ふ~ん、大変そうやな。」と感じるだけでした。

もちろん、そんな日も飲みに行ったり、合コンしたり、カラオケで楽しんだりしていました。


そう、彼らと同じです。

いざ、自分にその災害が降り落ちてくると、あたかも自分が最大の被害者かのように思ってしまう。

このブログのタイトルのとおり、誰も自分の身に災難が降り注ぐまでは、他人事なのです。

今だから言えますが、これは仕方ありません。

この当時の私は、それまで何もしてないくせに、一人前の被害者意識を持った、つまらない反応をしている若者でした。


梅田の繁華街にあるサウナに着きました。

久しぶりに入る湯船。

とんでもなく幸せな気分でした。

一番後回しになっていたお風呂。

震災から10日経って、ようやく入れました。

サウナに来ている人の中に、髭ぼーぼーのリュックサックのおじさんが居ました。

おそらく被災された方だと思います。

声をかける勇気はありませんでしたが、何だか同士のような気になりました。


サウナから出ると、少しゲーセンに行って遊びました。

久しぶりの娯楽。

しかし、心から楽しむことはできませんでした。

親友も一緒の気持ちだったらしく、早々に梅田を離れ、ボロボロの街「神戸」に帰ることにしました。

結局この日も家族と合流せず、彼の家に泊まりました。

会社の人は皆、今頃、必死になって働いている。。。

それは分かっていました。

しかも、家族は会社の寮のお世話になっている・・・

なのに私は何をするでもなく、神戸の街をウロウロしたり、梅田へ風呂入りに行ってみたり・・・・・

今思えば、バチあたりな行動だったかも知れません。

しかし、この頃の精神状態では、まず仕事はできてなかったと思います。

帰る家のない、拠点のない生活がこれほどまでに、虚しいものなのか?

毎日が夢遊病のような虚無感に包まれていました。

いつまでこんな生活を・・・・・

2008/02/12(Tue) | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
コメント
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。.。:+*(>ω<。)*+:。.。
人は、経験しないことって、本当の本当には、わかれないんですよね。辛い経験だったでしょうと、ここであたしが書いても、それは、推測なだけ・・・なんだかおこがましいぐらいです。でも、相手の立場に立って物を考えることは、決して無駄ではないから、推測にすぎないかもしれませんが、これからも応援させてくださいね(*´ω`*)
P.S.
22歳のリックルさんは、よくがんばってらっしゃると思いますよ(*´∀`*)
by: ひまわりさん * 2008/02/14 00:30 * URL [ 編集] | page top↑
--ひまわりさんへ--

僕も生意気なこと書いてますけど、それは仕方ないことですよね。
そう、推測・・・
でも、ひまわりさんの言うとおり、僕もこれ以来、少しでも理解しよう、相手の立場で考えよう、という気持ちになれたのは良かったと思います。

ひまわりさんは、やさしい心の持ち主ですね^^;
さすがスッチーさん!!
by: リックルハング * 2008/02/14 22:56 * URL [ 編集] | page top↑
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