あとがき

このブログを書き始めたのは、今年(2008年)の「1月17日」。

私はこの約1ケ月の間、他の震災にまつわるサイトの閲覧も含めて、どっぷりと震災の思い出に浸りました。

そのため、13年前の出来事が昨日のことのように思い出され、自分自身の中でも”風化”しつつあった、地震(地震だけでなく、全ての天災、人災、事故、事件)への危機意識を、再び持つようになりました。

今年の「1・17」は、そんな震災に対する思いを再認識したこともあってか、この大災害の”風化”を強く感じざるを得ませんでした。

神戸や阪神間では、多くの被災地で追悼の式典が行われ、これをキッカケに多くの人が、また危機意識を再燃させました。

しかし、私の職場である大阪では、「1・17」を口にする人は全く居ませんでした。

一部の神戸方面から通勤してくる同僚と、少しその話題になりましたが、それ以外の人にとっては、すでに過去の出来事(年表上の事件)になってしまっているようでした。

大阪は神戸の隣街。

神戸の惨状はよく知っていたと思いますが、あれほどの大災害であっても、やはり被災、避難生活を経験しなかった人にとっては、その”風化”は早いものです。

大阪ですら、そうなのですから、東京ではもう「1・17」と言うキーワードすら知らない人がほとんではないでしょうか。

私自身でさえ、その意識が薄らいでいたのですから、やむ得ないことです。




私にとって、「阪神淡路大震災」は一生忘れることのできない未曾有の大災害です。

しかしそれは、私にとって「未曾有」であって、他の人には普通よりも「少し大きな事件」程度かも知れません。

何度かこれまでも書きましたが、私もそれまでは、日本の、世界の、あちこちで起きる災害に対して、「大きな事件」程度と思っていました。

そして「1・17」のような、その「事件」の起きた日など、当然覚えてはいませんでした。

それどころか、あれから何年というようなドキュメンタリーを見て、

「あれ、まだやってんの?」

と、災害の後の復興にどれだけの時間を要するかなど考えることもなく、典型的な”他人事”として捉えていました。

マスコミが取り上げるのは、建造物が破壊された様子や、街が燃える様子、閉じ込められた人の救出劇などです。

私はこの被災体験で痛感したのは、震災直後の被害による苦しみよりも、避難生活での苦しみや、復興までの苦しみの方が何十倍もツラかったのです。
(実際に、被災直後の避難生活はしっかりと、客観的にブログを綴れましたが、その後のツラい避難生活はあまり深く触れることができませんでした。)

しかしこの復興までの道のりは、マスコミにとってあまり興味をそそる話題ではなく、そこにスポットがあたることはありません。

ですから被災者以外は、次第にテレビに映されなくなった「震災」を忘れ、

「あれはもう終わったこと」

としてインプットされていったのです。


この阪神淡路大震災も、どんどん”風化”していくことは百も承知しております。

私はこのブログを多くの方に読んでいただき、その”風化”を止めようなどと、大それたことは考えていません。

自分の貴重な体験を「記録」したことによって、これから自分自身の記憶の”風化”を少しでも遅らせることと、自分の子供に、

「お父さんとお母さんは、こんなふうにして大地震を生き延びたんだ。」

と言えることが目的です。

自分の体験を後世に伝えることの重要さを感じたのは、この震災の後の、ある大災害がきっかけです。


死者22万人以上、阪神淡路大震災の4000倍のエネルギーと言われた、あの「スマトラ島沖地震」での話です。


この地域も日本同様、100年から150年周期で大地震が発生しており、そのたびに大津波が発生していたそうです。

とある部族では、過去の大津波の話を先祖代々伝えてきており、

「地震が来たら、高台に登れ」

という教訓が、部族全員に周知されていました。

そんなある年のクリスマスの翌日、2004年12月26日、あの大地震が襲いました。

その時、多くの人が興味本位で、海を見に行ったのに対し、この部族は家族まとまって、一目散に裏山の高台まで走ったそうです。

どちらが命を落とし、どちらが助かったかは言うまでもありません。


もしも、家族はなればなれの時に大地震が来て、家に居れなくなった場合、どこで待ち合わせようか?

携帯電話はつかえません。災害伝言ダイヤルも結局は電話です。

こういったことを家族と話し会い、万が一に備えることが、被災経験からの私の実感です。


(写真は神戸市のHPからお借りしました。避難所の仮設電話に殺到し、悲壮な顔で家族の安否確認を伝える被災者の様子です。家族がばらばらになって連絡が取れない・・・それは想像を絶する辛さです。
万が一のとき、家族がどこかで会える場所を決めておきましょう。我が家では、念の為に2箇所決めています。)



そして、自分自身がそうだったように、人間誰もが当事者になるまでは、

「私だけは大丈夫」

そう思っていることがいかに恐ろしいことか、子供たちに伝えよう、そう奮起しました。

いつかくるその時に、命を落とす人と、生き延びる人との分かれ目は、こんなところにあるのではないかと思っています。

このブログを読んで下さった方が、

「自分にも来るかもしれない。」

少しでもそう思って下されば、阪神淡路、新潟をはじめとした、日本各地で起こった大地震によって亡くなられた方が報われることになるのではと考えます。


人ひとり死ぬことがどんなにツラいことか、それまでの人生で、命の大切さを学んできたつもりでしたが、この震災で6,400人余りの人が同時に命を失うという現実を前にして
、自分の命の儚さを痛感しました。

ちょっと思想がかっていると思われるかも知れませんが、私には何かやらなければならないことがあって、生かされたんだと思っています。

それを確かめるため、見つけるために、この震災で生き延びた命を大切にし、意味のある人生を築きたいと思います。



2008年2月   立来





コメントしづらいブログだったと思いますが、最後まで読んで頂いて、ご意見・ご感想をコメントくだされば、嬉しく思います。


私のブログはこのあと、リンクの「明日の僕との約束」で続けますので、また遊びに来て下さいね^^

2008/02/23(Sat) | トラックバック(0) | コメント(33) | page top↑
コメント
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とうとう終わっちゃいましたね・・・。
実は毎日見ては変な罪悪感を感じてました。
なぜなら僕はその震災にあった大事な人にもっと色々出来ただろうと、このブログを見るたびに
後悔してしまうからです。。。

今はその大事な人とは結婚し家庭を築いてますが
このブログを読み、この家族を守っていこうと強く思いました。

大変良いブログを読ましていただき有難うございました。

by: kb * 2008/02/25 11:48 * URL [ 編集] | page top↑
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リックルさん、おつかれさまでした(*・∀・*)
知ること、伝えること、忘れないようにすること、リックルさんのブログを見て、あたしもたくさんの大切なことを教えていただきましたよ(*´ω`*) アンパンたくさんおすそ分けしていただいた感じです(*´▽`*) ごちそうさまでした!こちらのブログは終了しても、あたしのところのリンクは残させてくださいね(・∀・)リンクから、興味を持ってくださる方がいらしたらうれしいので。。。(そう、マムさんのところから来たあたしのように!)
リックルさんの、現在進行形のブログ、”33歳年収600万のサラリーマンが芦屋に家を建ててから”にこれからは、おじゃまさせていただきますね♪ジャンルは違えど、とても勉強になるので、将来の参考にさせてください(なんちゃって!)そして、そちらもリンクさせていただいてもいいですか?(*´∀`*)エヘヘ
by: ひまわりさん * 2008/02/25 16:45 * URL [ 編集] | page top↑
--KBさん、ありがとう!!--

震災のときに何もできなかったのは、僕もそう。。。
誰もがそんな完璧な人は居ませんし、罪悪感を感じる必要は一切ないと思います。
あなたは十分、今のご家族を守っています。

さりげない応援ありがとう!
今後もまた、僕の方向性が間違ってきたら、よきアドバイス下さいね^^;
by: リックルハング * 2008/02/26 07:21 * URL [ 編集] | page top↑
--ひまわりさんへ--

ほぼ皆勤賞でコメントありがとう!
感謝するのは僕のほうで、途中投げ出しかけたブログが完結を見たのは、ひまわりさんをはじめ、応援コメントくれた方々のおかげです。
今はやり遂げた充実感でいっぱいです。

リンクの件、もちろんOKです。
こことはまったく違った私のブログですが、よろしくお願いします^^;

Ps.
「建ててから」はすみませんが、相互リンクできません。「建てるまで」はもうリンク張らせてもらってます。
by: リックルハング * 2008/02/26 07:26 * URL [ 編集] | page top↑
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ブログ村からやってきました。自分も震災を経験して、今は耐震関係の会社の総務課で働いています。ここで耐震金具を開発した人達は、もともとは木造建築のプロの方々でした。阪神大震災の惨状を見て、今までやってきた仕事が、人の命も守れなかったのか、と本当にショックで打ちひしがれたそうです。あの時家が倒れなければ、あの時、あの時、と自分も今でも悔やむときがあります。
先日会社で震災から10年以上が経ってる、と言われて、自分でもびっくりしました。まるでつい最近だったような気がして。そうなんですね…世間では風化しつつあるのか…とショックでした。今でも、満月を見るとドキドキします。微震があっただけで眠れなくなります。このHPをみて、やっぱり仕事頑張ろう、と思いました。
by: ソムニ♪ * 2008/02/27 11:10 * URL [ 編集] | page top↑
--ソムニさん、ありがとうございます^^--

はじめまして、コメントありがとうございます
木造はもちろん、RC造でもS造でも、震災は家を破壊しました。
破壊は免れても、燃えてしまいました。
自然の力の前には、人間の作るものなんてちっぽけに感じてしまう私です・・・
でも、ソムニさんの会社のように、震災の教訓を活かしながら、それと戦う人たちも居る。
危機意識は常に持ちながらも、臆病風に吹かれるのは、少しづつ卒業して行こう。
ソムニさんからコメントもらって、そう思いました^^
by: リックルハング * 2008/02/27 21:34 * URL [ 編集] | page top↑
--途中から、一気に読んでしまいました。--

リックルハングさん、お疲れさまでした。
あなたのお察しのとおり、途中、辛くなって読めない事が何度もありました。

まるで廃虚のようだった被災地も、力強い復興のつち音とともに、
美しい姿を取り戻しましたね〜。

ガレキの撤去がすすみ、破壊された建物が次第に姿を消す。

不通だった鉄道網が復活し、電気・ガス・水道のライフラインが回復。

さらに、住まいの再建、復興住宅の整備など、新しいまちづくり。

半年、1年、5〜10年と過ぎるうちに、震災がもたらした深い傷も、
消え去ったかのようにも見えますが、深い傷どころか、
私たちには無い、素晴しいモノを手に入れていらっしゃると思います。

蛇口をひねればいつでも水が出る、いつでもほしいものが買えるという、
当たり前の事なのですが、とても素晴しい事なのだという実感・・・。

失ってはじめて、もののありがたみや、ものや便利さを
心から有り難いと思える、幸せ感や充実感を知るといいますが、
まさに、本当の幸せとは何か・・・、本当の愛とは何か・・・を、
リックルハングさんは、理解していらっしゃるのだと思います。

リックルハングさんは、辛い経験を超えて、
素晴しいものに気付いていらっしゃるのだと・・・・・・。

着実に復興を遂げていく中で、人々は、本当の価値観、
愛のある生き方を模索しはじめるのだと思います。
by: マム * 2008/03/03 23:28 * URL [ 編集] | page top↑
--マムさん、ありがとうございます^^--

震災では辛かったことばかりで、何も学ぶことはなかった・・・
そう思っていましたが、マムさんのコメントを読んで、
「そうか、得たものもあったのかも知れない」
と思いました。
失ってはじめて気付くもの、、、そうですね。震災がそれを教えてくれましたね。

でも、一番得たものは自分の弱さを知ったことかも。。。
自分の弱さを知った上で、そういう自分に何ができるか?それをバネにもっと強くなれるか?

ありがとうございました。これからの私を引き続き見守って下さい^^
by: リックルハング * 2008/03/04 07:16 * URL [ 編集] | page top↑
--お疲れ様でした。--

体調不良でブログに遊びに来れませんでしたが
ブログに遊びに来れるまで回復しました。
そして、夜更かし(笑)

一気に読んでしまいました。
やっぱり涙が出てきますね。。。
このブログを書いて下さってありがとうございます。
たくさんの事を学びました。
それに、義兄が生きててくれた事
今まではよかったって気持ちでしたが
なんだか、感謝の気持ちが湧いてきました。
なんか、変ですかね?(笑)
義兄、生きててくれてありがとうって
伝えてみます。少し照れるけど(笑)
by: meg * 2008/04/14 00:36 * URL [ 編集] | page top↑
--megさん、ありがとう^^--

生きているということが、なにものにも勝る財産です。
生きているから、このブログも書けた。
生きているから、megさんとも知り合えた。
生きていれば、何でもできる!
これからもよろしくお願いしますね^^
by: リックルハング * 2008/04/14 06:57 * URL [ 編集] | page top↑
--はじめまして--

今日一気に全部読ませていただきました
私も地震のことは少し考えていたつもりでした
まだまだ甘かったと痛感させられました
私が住んでいる東京もいつか大地震が来ると言われ続けています
いざその時になったらいったいどうしたらいいだろうと改めて思いましたが
正直なところまだ考えがまとまりません
でもとても参考になりました ありがとうございます
時間があるときに夫にも読んでもらおうと思います

by: まんた * 2008/05/21 20:35 * URL [ 編集] | page top↑
--まんたさん、こんばんわ^^--

時間が経っても、こうしてコメントを頂ける人が居て、うれしいです。
すでにまんたさんは、地震のことを考えていらっしゃったので、それだけでも違います。
他人事じゃない、そう思っていれば、おのず心構えはできていますから^^
旦那さまへもぜひ。ご家族で同じように考えておくことが、もっと大切だと思います!
by: リックルハング * 2008/05/21 23:49 * URL [ 編集] | page top↑
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ブログ本当にお疲れ様でした。
大変、参考となり私自身にとっても、これからどうやって家族(犬含む)を護るかを考える契機になったと思います。
私も都市部に家を持つ人間ですので、災害後に備えるべき部分が特に参考となりました。
ありがとうございました。

追伸・参考などと偉そうな言葉を使って申し訳ございません。
by: 犬好き * 2008/06/29 01:53 * URL [ 編集] | page top↑
--犬好きさんへ--

あたたかいコメントありがとうございます^^
参考になってもらえることは、とても嬉しいことです。
偉そうなんてとんでもない^^;
都市部でペットが一緒にいるご家族なんですね。
ここ最近の地震の多さに改めて感じることは多いです。
危機感があるのとないのと、大きな違いがあると思ってます。
ありがとうございました。
by: リックルハング * 2008/06/29 02:07 * URL [ 編集] | page top↑
--かなり時間がたってますが・・・--

リックルハング様はじめまして
今日起きた岩手の地震をきっかけにネットを見ていてこちらを見つけ、一気に読んでしまいました。
自分のブログに書いてますが、私は震災のその瞬間は体験したものの、京都に住んでいた為、地震後の避難生活は知りません。でも今、私は神戸市灘区に住んでいて、最寄り駅は六甲道です。今の見慣れた風景があんな状態だったこと、このブログの写真を見て知りました。現在勤めている病院には、実際に震災で生き埋めになってたとか、語ってくれるお年寄りがいます。先輩からは震災の時の病院の状況も聞いています。あの揺れを体験して、けして人ごとではない、と思っていましたが、避難生活の辛さだけは分からず、何も手を差し伸べることなく、のほほんと京都で生活をしていたことに、罪悪感すら感じます。
でも、私もいまだ小さい地震でも、大型車の振動でもびくびくする体になってます。自分にとっては、遠い昔の話ではないです。だから、自分のブログにも短いですが自分の体験を書きました。
リックルさんのブログ、読んでいて何度も涙が出ました。そして、記憶もよみがえりました。
ああ、何を書きたいのかわからなくなってきましたが、このブログに出会えたことに感謝します。
by: 月野光 * 2008/07/24 04:58 * URL [ 編集] | page top↑
--月野光さん、ありがとうございます。--

最近地震が続きますね。
ボクも不安がよぎります。
コメント戴きましたとおり、震災では被災した直後そのものより、避難生活が苦痛でした。
ボクも今でも少しの揺れに怯えるのは同じです。
時間が経ってもこうして読んでくださる方がいて、感激です。

今、六甲道にお勤めとのことで、何かしら親近感を感じました。ありがとうございます^^
by: リックルハング * 2008/07/24 22:48 * URL [ 編集] | page top↑
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リックルハングさん、ほんとうに大変日々でしたね。読んでて苦しくなってきました。

私は当時、十三に住んでましたが、ガスが半日止まった程度で、日常の生活を送っていました。

阪神間に住んでいる友達が多く、1DKの私の部屋には常に誰かが避難してきていました。阪神高速が横倒しになったすぐそばのマンションに住んでいて友達とは、1ヶ月くらい同居生活を送りました。

地震が怖いと故郷に帰ってしまった友人、余震がくるたび泣いて電話をかけてきた友人を思い出します。
そして地震がなければ大阪に引っ越すこともなく、事件にあわず今でも生きていたかもしれない弟のことを思い出します。

人生は大切にしていかないといけないと改めて思いました。
by: 悠華 * 2008/09/29 20:27 * URL [ 編集] | page top↑
--悠華さん、こんばんわ^^--

こっちにもコメントありがとうございます。
このブログは特別な想いがあって、時間をかけて、言葉を選んで書き上げました。
ですから、時が経ってもコメントを頂けると、嬉しいです。
弟さんのこと記事で少し拝見しました。
命の大切さを改めて感じるとともに、悠華さんのおっしゃった通り、「いつ死んでも後悔のない人生」を歩むことを、私も肝に銘じています。
ありがとうございました。
by: リックルハング * 2008/09/29 23:48 * URL [ 編集] | page top↑
--ランキングから来ました--

昼間ボロボロ涙流しながら一気に読みました
辛いながら書き記してくださったことに心から感謝します
たくさんの人に読んでほしいと思いました
震災前に建てた家に不安をもちつつ水や燃料避難袋キャンプ道具だけは用意してましたが
家の補強か建て替えが心の安定と命を守るには必要と思いました
今普通に生活していることがあたりまえではないありがたいことなのだとあらためて感じました
ありがとうございます
by: yumi * 2008/11/23 02:22 * URL [ 編集] | page top↑
--yumiさんへ--

うれしいコメントありがとうございます。
このブログは書き終えて、もう10ケ月近くたちますが、不思議と多くの方に読んでもらっています。
露出は小さいですが、少しでも多くの方に読んでもらえてうれしいです。
私自身もこうしてコメントくださって、また震災のことを思い出して、あたりまえの生活が幸せと感じることができました。
こちらこそありがとうございました。
by: リックルハング * 2008/11/23 03:46 * URL [ 編集] | page top↑
--はじめまして--

はじめまして。ブログ村からたどり着きブログを拝見させていただきました。私は関東の人間なので大きな災害に遭遇したことがありません。ただこの夏に我が家に落雷があり、家屋が一部損壊したのをきっかけに防災について考えるようになり、ついには個人向け防災屋を始めるまでに至りました。そんなちっぽけな災害でも、家族にとっては大きなストレスで、これが広域災害であれば、消防も救急もなにもかも対応不能で、長い被災生活になるのだということだけは実感した次第です。
 このような手記(ブログ)をかかれたことは、ご自身にとっても大変なことであったと思います。また、特に関東の人間にとって大災害は他人事という意識が強く、自主防災を呼びかけても反応は非常に弱いのが現状です。そこでお願いがあります。
 ご了解いただければ、このブログを私のホームページやブログでリンクさせていただけませんでしょうか。
大災害を経験された方の実際のお話しは、強く心を揺り動かすはずです。いきなりの長文ですみません。関東でも首都直下地震の予測など多く報道されているにもかかわらず、市民の意識が行動にまでつながらない現状です。ぜひよろしくおねがいいたします。
by: かすぼう * 2008/12/18 00:19 * URL [ 編集] | page top↑
--管理人のみ閲覧できます--

このコメントは管理人のみ閲覧できます
by: * 2008/12/18 13:40 * [ 編集] | page top↑
--かすぼうさんへ--

はじめまして^^
この手記が一人でも多くの方に自主防災の大切さを伝える一助になれば、この上ない喜びです。
かすぼうさんのHP拝見し、同じ意思が伝わってきました。
リンクは歓迎です。
私もリンクさせていただきました。
ありがとうございました。
by: リックルハング * 2008/12/18 14:05 * URL [ 編集] | page top↑
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やっと読みに来れました。ずっと読みたいと思っていたのになかなか時間が取れず・・・
一気に読みました。
本当に、被災者本人だから書ける生の声、苦しみ、家族の絆、感謝・・・
このブログを書いたことはすごいですよ!
辛い日々を思い出すこと、特に鬱の経験があるのにすごい勇気と・・・何を書いていいのか分からなくなりました。すみません
あの日のことはよく覚えています。岐阜も結構揺れました。震度4ぐらいだったかな。物が散らばりました。揺れにびっくりしてNHKを付けて地震があったんだと見ていたことを思い出します。神戸の倒れ掛かった道や火災、怖かったのを思い出します。でも、私達はすぐ普通の生活に戻っていった。本当の被災の苦しみはテレビで見ていても実際感じません。このブログはリックルさんの生の声だから突き刺さってきました。
私も家を持っています。東海地方には必ず地震が来るだろうと皆思っていますが、まだ他人事です。準備もちゃんとしていません。
すぐやります。家族と話し合います。
うちは離婚してるから私の責任は重大ですね。
しっかりできるのだろうか・・・備えをすることからですね。
ありがとうございました。読んで良かったです。
こちらもリンクしたいと思います。1月17日に記事を書いて、私達東海地方の人たちに備えを呼びかけていこうと思います。
今年は本当にいろんな出会いがありました。リックルさんに出会えたこと感謝します。
これからもお互いブログ頑張っていきましょうね。
ご家族を大切に。
では、おやすみなさい
by: Yuki * 2008/12/22 00:57 * URL [ 編集] | page top↑
--Yukiさんへ--

心のこもったコメントありがとうございます。
日本全国、じつは誰も他人事だと思います。
神戸の人間でさえ、
「もうしばらくは、神戸には来ない」
的な考えが広がっています。
過剰に不安を募らせる必要はないと思うのですが、ご子さんと、こういうときはどうしようか?と話しておくことは、地震のみならずとても大切なことだと思います。
心の備えってやつですね。
1・17はボクにとって、神戸にとって特別な日。
記事にしないワケにはいきませんね^^
ありがとうございました。
by: リックルハング * 2008/12/22 23:31 * URL [ 編集] | page top↑
--思い出しました。--

こんばんは

こっちのブログを読みにきて思い出しました。
ちょうどベッドがぐらぐら揺れて飛び起きたら枕のところにラジカセが落ちてきてドキッとしたこと

今の嫁さんがけがしてないか電話したこと・・・

それが大丈夫だとわかった時点で安心してしまっていたんですね。

TVで神戸がどんな状況になっているのか知っているのに自分や周辺が大丈夫だと分かった時点で災害はTVの中の世界になってしまったんだと思います。

その後、西宮の親戚の家が将棋倒しみたいに傾いてしまって、家財一式を引っ張り出すのを手伝いに行きました。
震源地から離れていても惨状はいろんなところにあったのを覚えています。

普段、ほとんど親交のなかったその親戚は本当に感謝してくれていました。

「ちょっと手伝っただけなのに」

そんなSONに涙を流して感謝してくれていました。
本当に追い詰められていたんだろうなと、今更ながらに思います。

外から眺めていただけとはいえ地震に備えるという意味では大切な経験です。
思い出すことができたのはリックルハングさんのおかげですね。
ありがとうございます。

ではまた!!
いつものブログで
by: SON * 2008/12/26 02:39 * URL [ 編集] | page top↑
--SONさんへ--

当時いろんな人が助けてくれたとき、どんなささいなことでも、とても感謝の気持ちが溢れたことを覚えています。
人はピンチになると、人の温かさがこれほどありがたいものなんだと感じるんですね。
物資的なありがたみももちろんあるんですが、やっぱり心の支えを感じることで救われるんだと思います。
本当に困ったときに助けてくれた当時のご恩は、決して忘れることができません。
SONさんのコメントで、私もあらためて、その感謝の気持ちを思い出させて頂きました。
ありがとうございました^^
by: リックルハング * 2008/12/26 18:33 * URL [ 編集] | page top↑
--はじめまして!--

ランキングから来ました^^
タイトルなどに惹かれ一気に読ませていただきました(暇人とか言わないでくださいね)。

ご家族の再会、救いの手の暖かさ、ワンちゃんたちのことや鬱病を克服されたことなど、
挙げだしたらキリがありませんが何度涙腺が決壊したかわかりません。。。

あと、奥様のお父様がテントに持ってきてくださった救援物資、非難袋の中身の見直しの参考にさせていただいきます。

貴重な体験、辛い過去を読ませていただきありがとうございました。m(_ _)m
「いいブログを見た・・・」で終わらせないで、今わたしにできること、備えられることをやっていこうと思います。

by: ほねべぇ * 2009/01/19 17:07 * URL [ 編集] | page top↑
--ほねべぇさんへ--

ありがとうございます。
風化されつつある震災の記憶も、先日の1・17近辺は、このブログもアクセスが急増し、やはりまだ関心を寄せてくれる人がいるんだと感じています。

ほねべぇさんのコメントで嬉しかったのは、
>「いいブログを見た・・・」で終わらせない・・・
とても感激しました。
このブログを書き上げた甲斐があります。
ほんとにありがとうございました。
by: リックルハング * 2009/01/19 23:03 * URL [ 編集] | page top↑
--かなり遅れていますが;--

はじめまして。ランキングからこちらのブログへとお邪魔させていただきました。
素晴らしいブログを読ませていただいて、感謝をぜひ伝えたいと思い、年月はとても経っていますが、投稿させていただきました。ありがとうございました。とても心が揺さぶられました。
辛い過去を文章にして、更にネットに公開するということは大変な勇気が必要だったのではないでしょうか。。。そんな行動を起こされたリックルハングさん、尊敬いたします。
今まで防災について全く意識しなかった生活を十分に見直さなければと思っています。
by: nami0527 * 2009/04/24 23:45 * URL [ 編集] | page top↑
--namiさんへ--

ありがとうございます。
どれだけ月日が経っても、このブログにコメントを下さる方がいることで、自分自身でも震災のことを思い出し、自分の中の風化を少しでも遅らせることができて、感謝しています。
こちらこそ元気をもらいました。ありがとう。
by: リックルハング * 2009/04/25 01:18 * URL [ 編集] | page top↑
--全編読みました[e:466]--

私は福岡に住みますが、僕が初めて阪神大震災の尋常じゃない状況を知ったのは、17日に実は学校で担任が、『神戸が地震で500人死んで大変なことになっている…』という一言でした…

一目散に家に帰り、テレビを付けて、釘付けになりました

1週間は震災関連のニュースに釘付けになってました…

神戸市灘区に親戚がいましたが、幸い家も人も無事だとの連絡がありました

震災当日にたったの1時間で100人単位で亡くなった方が増えていったというのには、愕然としました。

昨年の17日には、震災の式典に行かせていただき、ご冥福をお祈りいたしました。

福岡でも大きな地震がありました。亡くなった方もいます…だから全く人事ではありません…このブログで、地震の現実を目の当たりにし、改めて自分の自然に対する無力さを感じた次第です、

読ませていただき、感謝いたします
by: ヨッシー * 2009/06/26 04:09 * URL [ 編集] | page top↑
--ヨッシーさんへ--

まさに
「一人の死は悲劇だが、数百人の死は統計でしかない。」
とはよく言ったもので、100人単位で死者が増えるなんてことを見てると、悲劇を通り越して感情がマヒしますね。

震災犠牲者の方が、単なる統計の一部にならないよう、一年に一回でも思い出したいです。

ありがとうございました。
by: リックルハング * 2009/06/27 01:33 * URL [ 編集] | page top↑
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