「みんな無事やで。」
近所のおじさんのこの一言で、私は大きな緊張から解き放たれました。
さっそく家の裏に回ると、わずかに残された路地の隙間から出てくる、見慣れた顔がありました。
親父、発見です。
大声で呼びかけると、振り向き、
「ケガないんか?大丈夫か?彼女は?」
と私たち二人のことを真っ先に心配してくれました。
そして、大声で
「おぉーい、お母さん、○○無事やで!」
と家の奥に叫びました。
奥のほうから、聞きなれた声が返ってくるとともに、母が出てきました。
涙を浮かべ、お互いの無事を喜びました。
「妹は?」
私が聞くと、
「広い道のとこで、犬と待機してる。無事やで。」
家族みんな無事。
この震災で、つらい避難生活や、仮住まい生活を経験しましたが、こんな記録を残せるのは、「家族が無事だったから」です。
誰かが亡くなったりしていたら、このブログは一生書けないでしょう。
まさに不幸中の幸いです。
とは言いながら、親父の顔の半分にできた大きなアザが気になります。
「それ、どうしたん?」
「タンスが倒れてきて、顔打ったんや。痛いけど問題ないと思う。」
(震災から2週間後、親父は顔面骨折の診断を受けました。)
これからどうする?
とにかく寒い。
今日は家では寝られない。こんなとこ危なくて、近寄れない。
こんなとき何をどうすればいいんだろう?
親父と話し、
「余震でいつ建物が崩れるか分からない。とにかく広いところに避難しよう。」
両親と、私と彼女、妹と犬2匹。
家族全員で、JR六甲道駅前の広場に向かいました。
地域の避難指定場所は小学校でしたが、近所の人が、すでに人で溢れていると言ってましたので、駅前の広場に向かうことにしたのです。
私の趣味のキャンプ道具の中からテントをひっぱり出し、広場でテントを設営、そこにしばらく避難することにしました。
家を離れ、街を歩くたびに、その悲惨な惨状が次々と目に入り、家族全員が口を紡ぎます。
駅に行くまでに、近所の人と会うたび、母は涙を浮かべ、互いの家族の状況を話していました。
よく知っている近所の家や、友達の家の多くが、ぺちゃんこに潰れています。
「この家の家族はどうなっているんだ・・・?」
気になりながらも、まずは、家族の安全を確保するため、一目散に駅に向かいました。
六甲道駅前につくと、JR神戸線の高架線路が落ちており、駅が完全に潰れています。


(神戸市のHPから写真をお借りしました。)
駅前のビルの窓ガラスはほとんど割れ落ち、路上にガラスの破片が散乱しています。
すでに駅前広場には、何組かの家族が避難に来ていましたが、私のようにテントを持っている人は少なく、寒さを凌ぐため、布団を地面にじかにひいたり、毛布にくるまったりしていました。
私の家族は、テントを張る場所を確保しました。
そしてテントを設営しようと、準備を始めたそのとき、これまでで一番大きな余震が襲ったのです。
そこに居た多くのの人たちが、悲鳴を上げました。
さらに、駅前のビルからガラスの破片が落ち、割れる音が聞こえました。
「ダメだ、ここは安全じゃない・・・」
近所のおじさんのこの一言で、私は大きな緊張から解き放たれました。
さっそく家の裏に回ると、わずかに残された路地の隙間から出てくる、見慣れた顔がありました。
親父、発見です。
大声で呼びかけると、振り向き、
「ケガないんか?大丈夫か?彼女は?」
と私たち二人のことを真っ先に心配してくれました。
そして、大声で
「おぉーい、お母さん、○○無事やで!」
と家の奥に叫びました。
奥のほうから、聞きなれた声が返ってくるとともに、母が出てきました。
涙を浮かべ、お互いの無事を喜びました。
「妹は?」
私が聞くと、
「広い道のとこで、犬と待機してる。無事やで。」
家族みんな無事。
この震災で、つらい避難生活や、仮住まい生活を経験しましたが、こんな記録を残せるのは、「家族が無事だったから」です。
誰かが亡くなったりしていたら、このブログは一生書けないでしょう。
まさに不幸中の幸いです。
とは言いながら、親父の顔の半分にできた大きなアザが気になります。
「それ、どうしたん?」
「タンスが倒れてきて、顔打ったんや。痛いけど問題ないと思う。」
(震災から2週間後、親父は顔面骨折の診断を受けました。)
これからどうする?
とにかく寒い。
今日は家では寝られない。こんなとこ危なくて、近寄れない。
こんなとき何をどうすればいいんだろう?
親父と話し、
「余震でいつ建物が崩れるか分からない。とにかく広いところに避難しよう。」
両親と、私と彼女、妹と犬2匹。
家族全員で、JR六甲道駅前の広場に向かいました。
地域の避難指定場所は小学校でしたが、近所の人が、すでに人で溢れていると言ってましたので、駅前の広場に向かうことにしたのです。
私の趣味のキャンプ道具の中からテントをひっぱり出し、広場でテントを設営、そこにしばらく避難することにしました。
家を離れ、街を歩くたびに、その悲惨な惨状が次々と目に入り、家族全員が口を紡ぎます。
駅に行くまでに、近所の人と会うたび、母は涙を浮かべ、互いの家族の状況を話していました。
よく知っている近所の家や、友達の家の多くが、ぺちゃんこに潰れています。
「この家の家族はどうなっているんだ・・・?」
気になりながらも、まずは、家族の安全を確保するため、一目散に駅に向かいました。
六甲道駅前につくと、JR神戸線の高架線路が落ちており、駅が完全に潰れています。


(神戸市のHPから写真をお借りしました。)
駅前のビルの窓ガラスはほとんど割れ落ち、路上にガラスの破片が散乱しています。
すでに駅前広場には、何組かの家族が避難に来ていましたが、私のようにテントを持っている人は少なく、寒さを凌ぐため、布団を地面にじかにひいたり、毛布にくるまったりしていました。
私の家族は、テントを張る場所を確保しました。
そしてテントを設営しようと、準備を始めたそのとき、これまでで一番大きな余震が襲ったのです。
そこに居た多くのの人たちが、悲鳴を上げました。
さらに、駅前のビルからガラスの破片が落ち、割れる音が聞こえました。
「ダメだ、ここは安全じゃない・・・」
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息を呑んで読ませていただきました。
これが、地震の現実なんですね。
次回も学ばせていただきたいと思います。
息を呑んで読ませていただきました。
これが、地震の現実なんですね。
次回も学ばせていただきたいと思います。
by: あぱこ * 2008/01/21 23:20 * URL [ 編集] | page top↑
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お父様の顔面骨折の診断が、震災から2週間後にやっと受けることができたということは、それだけ病院が重傷者であふれていたということなのでしょうか・・・。
お父様、そうとう痛かったでしょうに。
今は、きれいに治っていらっしゃいますか?
身を守るために、やはり家具の固定は大切ですね。
我が家は家具の固定をしなきゃと思いながら、先延ばしにしてしまっています。
まずは大きな家具から、ちゃんと固定しなきゃ!
お父様の顔面骨折の診断が、震災から2週間後にやっと受けることができたということは、それだけ病院が重傷者であふれていたということなのでしょうか・・・。
お父様、そうとう痛かったでしょうに。
今は、きれいに治っていらっしゃいますか?
身を守るために、やはり家具の固定は大切ですね。
我が家は家具の固定をしなきゃと思いながら、先延ばしにしてしまっています。
まずは大きな家具から、ちゃんと固定しなきゃ!
--あぱさん、こんばんわ--
僕も実際にそう思いました。
これって夢でしょ・・・
僕も実際にそう思いました。
これって夢でしょ・・・
--しゃけさん、紹介ありがとうございました(ペコ--
ちょっと痛いくらいで病院には行けませんでした。
どちみち顔面骨折は日にち薬で、ギブスも何もできません。
おかげさまで今は普通の顔に戻ってます。
我が家は寝室のクローゼットを必ず閉めて寝るとか、そういったことは夫婦とも当たり前になってます。
家具は寝室にはひとつも置いてません。怖いですから・・・
ちょっと痛いくらいで病院には行けませんでした。
どちみち顔面骨折は日にち薬で、ギブスも何もできません。
おかげさまで今は普通の顔に戻ってます。
我が家は寝室のクローゼットを必ず閉めて寝るとか、そういったことは夫婦とも当たり前になってます。
家具は寝室にはひとつも置いてません。怖いですから・・・
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