彼女の避難生活・・・被災2日目

地震から1日経った朝を迎えました。

私たちの家族は、この公園でのテント生活を1週間過ごすのですが、2日目以降の出来事については、それが2日目だったのか、3日目だったのか、はっきりとした記憶は残っておりません。

ただ、ひとつひとつの出来事については、鮮明に覚えていますので、時系列ではないかも知れませんが、出来事を記していきます。


2日目には大切なことがありました。

初日の話ではあまり触れませんでしたが、この避難生活には私の家族以外に、私の彼女も一緒に過ごしていました。

なぜ一緒に居るのかは、これまでの話を読んでいただきたいのですが、当時22歳(私と同じ)で大学生だった彼女。

親元を離れ、一人暮らしのマンションで被災しました。

彼女の母親から震災直後に電話があり、彼女と少し話はできているものの、両親の心配は尋常ではないはずです。

もちろん、彼女も不安です。

彼氏の家族と、この異常事態の中で一緒に過ごすことは、大きな緊張とストレスがあったに違いありません。


2日目の朝、彼女と一緒に、彼女のマンションへ戻りました。

マンションは戸建に比べるとやはり損傷は少ないものの、多発する余震や、これまでの異常事態での心理状況では、建物の中に入ることは恐怖そのものでした。

彼女も着替えや、自分の避難に必要な資材を、マンションから取り出し、公園のテントへ持っていきます。

そして最後に、マンションのドアにメモを貼り付けました。

「大和公園で、○○さんの家族とテントで避難しています。△△より」

大和公園の簡単な地図も書きました。

彼女の両親はきっと血眼になって、我が娘を探しているはずです。

本来なら昨日の時点でこのメモを貼っておかないとダメだったんですが、自分たちのことで必死で、気が回りませんでした。

余談ですが、当時、半同棲中だった私たちは、彼女のマンションに私の私物が多くあったため、この時に自分の実家へ引き上げました。

彼女の親が来て、マンションの片付けを始めるときに、男物の服が出てきたら、いくら非常事態とは言え、マズいもんですから。。。


当時は携帯電話はありましたが、まったく普及していませんでした。

業務用に使っている人や、ごく一部の人が持っていたくらいでしょうか。

個人の家の電話はどこも通じず、皆、公衆電話に並びました。

公衆電話も通じるところと、通じないところがあり、通じるところでも、タイミングやかける先によっては通じないことがありました。

周辺の人から、あそこの公衆電話がよくつながるといった情報を入手して、その公衆電話に並びました。

ものすごい行列でした。

寒い中、1時間待ちは当たり前といった状態です。(写真は借り物です)




彼女も両親と連絡をとるため、公衆電話に並びましたが、初日の昨日は一度も通じませんでした。

2日目も並んで挑戦しますが通じません。


そんな2日目の確かお昼ごろだったと思います。

避難テントの周辺で、彼女が叫びます。

「あっ、お父さん!!」

父親を見つけた彼女は、これまでこらえていた涙を流しながら、その大きな男の人の胸に飛び込んで行きました。

2008/01/24(Thu) | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
コメント
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自分の家が倒壊しなかったとしても、ショックから家に入れなくなることがあるんですね。。。
どれだけ地震に強いといわれてる家でも、やはり避難するための備えは必要ですね。
もしも被災したら・・・このときの心理状態っていうのは、経験のしたことのない者にとっては一番想像しづらいところです。

被災時の連絡をとりあう方法は、今は災害ダイヤルなんかもありますが、でも電話が使える状況でないことも多そうですね・・・。
携帯電話も充電できなければ意味がないですしね。
そう考えると、張り紙をするというシンプルな方法が有効的なのかな?

それにしても・・・大変な状況の中でも、リックルハングさんの奥様(お義父さま?)への配慮(あえてそう言っておきますw)すばらしい!^^
by: あぶりしゃけ * 2008/01/24 09:08 * URL [ 編集] | page top↑
--すごい....--

こんばんは。

震災の状況はテレビで見ていましたが、ここまでとは想像もしていませんでした。

みな、こんな状況の中でとても大変な思いをされていたんですね...。

災害の怖さをあらためて実感しました。
by: はるはる * 2008/01/24 18:22 * URL [ 編集] | page top↑
--しゃけさん、おはようございます^^--

震災の死因のほとんどが、倒壊した家屋に挟まれての圧死です。
また中に閉じ込められて出られなくなって、火の手が回ってくるような悲惨な状況も見てきました。
余震が続いている中、たとえ自分の家でも、建物の中に入るということはそれらの危険と背中合わせでした。
絶対安心な家なんてありません。それがRC造でもS造でも・・・
自然の前には、カタチあるものは潰れます。
そういう考え方になってしまいました。。。

しゃけさんの言うとおり、もしもの災害で家族バラバラになった時のために、「どこに避難する」「どこで待ち合わせる」というのは、家族でルール化しておくことはとても大事です。
我が家では、第2候補まで避難する場所は決めています。(たぶん携帯は繋がらないと思います)

いつもありがとうございます^^
by: リックルハング * 2008/01/25 06:52 * URL [ 編集] | page top↑
--はるはるさん、ありがとうございます--

自分の記憶整理のための、自己満ブログですけど、何かの参考にや、防災意識へのキッカケになれば幸いです。
また見に来て下さいね^^
by: リックルハング * 2008/01/25 06:54 * URL [ 編集] | page top↑
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